法務・ビジネス・規制に関するインサイトと分析

労働法,雇用 · コンサルタント契約,競業避止義務,職場の健康労働安全衛生問題,商取引及び会社法
2026年8月19日
2026年7月28日、Jacinta Allan前州首相の辞任を受け、Ben Carrollがビクトリア州第50代州首相に就任しました。Allan前州首相は在宅勤務政策を積極的に推進してきた人物です。2026年8月11日、Carroll州首相は、ビクトリア州の経済団体からの継続的な要請を受け、Equal Opportunity Amendment (Work from Home) Bill 2026 (Vic)(以下「在宅勤務法案」)の施行予定日を2026年9月1日から2027年7月1日に延期することを確認しました。同法案は2026年7月30日に州議会下院を通過しましたが、上院での審議は、更なる協議及び修正の可能性を考慮して一時中断されています。 在宅勤務法案は、現時点ではビクトリア州にのみ適用されますが、他の州及び準州においても、将来、同様の権利が立法化される可能性が排除できません。この在宅勤務法案の立法は、ビクトリア州外にて事業をおこなう雇用主も注目すべきものです。 州首相は、2026年11月28日のビクトリア州総選挙前に法案を成立させる方針を示しています。施行延期により企業は準備期間を大幅に確保でき、修正の可能性は最終的な法律が当初の法案よりも実務的な内容となり得ることを意味しますので、これは雇用主側にとって歓迎すべき進展です。本稿では、在宅勤務法案をめぐる現在の状況、法案の主な内容、今後の変更可能性、及び雇用主側が現在取るべき対応について整理します。 導入される内容 在宅勤務法案は、Equal Opportunity Act 2010 (Vic)(以下「EO法」)を一部改正し、フルタイム従業員に対し週2日の在宅勤務を行う法的権利を付与するものです。パートタイム従業員及び、定期的かつシステマチックに(regular and systematic basis)雇用されているカジュアル従業員には、フルタイム従業員に対する労働時間比・pro-rataによる権利が適用され、具体的な計算方法は別途定められる予定です。 在宅勤務法の施行日 政府修正後の在宅勤務法案は、従業員15名以上の事業についても、2027年7月1日に施行予定となっています。 在宅勤務法の運用は、Fair Work Act 2009 (Cth)(以下「フェアワーク法」)におけるフレキシブル・ワーク・アレンジメント制度と大筋では似ているものの、重要な点において異なります。フェアワーク法では、申請条件を満たす従業員がフレキシブル・ワーク・アレンジメントを「要請(request)」し、雇用主は合理的な事業上の理由があればこれを拒否することができるという構造になっています。これに対し、在宅勤務法案では、従業員が権利行使の意思を雇用主に「通知(notify)」し、雇用主は許容しないことが合理的でない限り、これを許容しなければなりません。つまりフェアワーク法では従業員が雇用主に対し在宅勤務の許可を求める(在宅勤務は権利ではない)のに対し、在宅勤務法案においては、従業員は雇用主に対し在宅勤務の権利の行使を通知するものであり、従業員の在宅勤務がより認められやすい運用となることが想定されます。 対象となる従業員の範囲 週38時間以上勤務する従業員、すなわちフルタイム従業員は、在宅勤務が合理的な場合に限り、週2日の在宅勤務を行う権利を有します。パートタイム従業員及び定期的かつ体系的に雇用されているカジュアル従業員には、その労働時間数に応じてpro-ratedの権利が適用されます。 ただし、以下に該当する従業員は在宅勤務の権利付与の対象外となります: ビクトリア州外の事業場又は従業員の場合 現時点で、在宅勤務法案及び在宅勤務の権利はビクトリア州所在の従業員にのみ適用されます。 EO法は通常、ビクトリア州における雇用関係を規律するため、本権利は事業の所在地ではなく、従業員の実際の勤務地を基準に適用される可能性が高いと考えられます。ただし、在宅勤務法案及びその議会説明資料のいずれも、明確な地理的境界を定めていないため、実際の在宅勤務地となる「自宅(home)」が、州外又は国外の所在地を含み得るかは不明確です。 手続きの流れ 従業員 在宅勤務の権利を有する従業員は、雇用主に対し在宅勤務通知(以下「WFH通知」)を提出しなければなりません。WFH通知には以下の事項を記載する必要があります: ただし、当該従業員が具体的な曜日又は時間を特定することが実務上困難である場合は、これらを記載する必要はないとされています。 雇用主 WFH通知を受領した雇用主は、以下を行わなければなりません: 雇用主が拒否できる場合 雇用主は、以下の事由により在宅勤務を許容することが合理的でない場合を除き、従業員の在宅勤務を許容しなければなりません: 費用負担 在宅勤務法案は、雇用主に対し、従業員の在宅勤務を可能にするために必要かつ合理的な全費用を負担する義務を課しています。これには、在宅勤務に必要となるコンピュータのハードウェア・ソフトウェア等の必須機器のコスト、事業の情報システムへの安全なリモートアクセスの設立コストなどが含まれます。 紛争解決 在宅勤務の権利に関する従業員・雇用主間の紛争は、Victorian Equal Opportunity and Human Rights Commissionの管轄となり、調停が行われます。 調停が不調に終わった場合、その事案はVictorian Civil and Administrative Tribunal(以下「VCAT」)での紛争に発展する可能性があり、在宅勤務が合理的な場合には、VCATは雇用主に対し従業員の在宅勤務を許容するよう命じることができます。 今回変更された在宅勤務法案事項と、今後の再変更の可能性 同法案の施行が延期されたことは、ビクトリア州政府が法案の修正に前向きであることを示しています。Carroll州首相は、Victorian Chamber of Commerce and Industry及びAustralian Industry Groupと直接協議を行い、また、ビクトリア州の主要経済団体と、野党側からも独自の修正案が提出されています。現在の主な議論のポイントは以下のとおりです: 2027年7月1日への施行延期により、雇用主には相当の準備期間が確保されたことになります。州政府は2026年11月28日の総選挙前に法案を成立させる方針ですが、施行日の延期により、法律の公布から施行までにも期間があります。雇用主はこの期間に、関連したポリシー及び雇用契約条項の見直しなどの準備を進めるべきです。 雇用主のための実務上の留意事項 H&H Lawyersとしてお手伝いできること H&H Lawyersは、多国籍企業並びにそのオーストラリア子会社クライアントの雇用コンプライアンスを支援してまいりました。雇用契約書の確認、ポリシーの策定及び管理職研修など、幅広いサービスを提供しております。 在宅勤務問題につきご相談、支援を必要とされる場合は、お気軽にお問い合わせください。

労働法訴訟,雇用 · コンサルタント契約,競業避止義務
2026年5月29日
豪州子会社および外国法人に対する現代奴隷制報告義務 年度の折り返しを迎え、多国籍企業のオーストラリア子会社やオーストラリアで事業を行う一部の外国法人にとっては、現代奴隷報告書(Modern Slavery Statement)の作成準備を進める時期となりました。 本記事では、外国資本グループが見落としがちな「連結収益」の考え方を中心に、オーストラリアにおける現代奴隷報告義務の概要と最新の規制動向について解説します。 報告義務の概要 オーストラリア連邦法の現代奴隷法(Modern Slavery Act 2018 (Cth)、以下「本法」)は、売上高基準を満たす法人に対し、年次の現代奴隷報告書の提出を義務付けています。 報告書は、その報告対象法人の会計年度末から6か月以内に提出しなければなりません。 報告義務の対象企業 本法の適用対象は以下のとおりです。 • オーストラリア法人:年間連結収益が1億豪ドル以上の法人 • オーストラリアで事業を営む外国法人(例:海外企業のオーストラリア支店):年間連結収益が1億豪ドル以上の法人 本法における連結収益は、オーストラリア会計基準に従って算定されます。したがって、単一の法人のみならず、より広範な企業グループ全体を考慮する必要が生じる場合があります。 1. 億豪ドル基準:連結収益の考え方 報告義務の判定基準は、オーストラリア子会社単体の売上高ではなく、企業グループ全体の連結収益です。この点は実務上見落とされることが少なくありません。 すなわち、オーストラリアに事業拠点および/または子会社を有する企業は、親会社および子会社の双方において当該基準を充足するか否かを検討する必要があります。 たとえば、以下のようなケースが考えられます。 • オーストラリア子会社の現地売上高が3,000万豪ドルであっても、当該子会社とは別に(例えばオーストラリア支店等を通じて)オーストラリア国内で事業を営んでおり、かつ当該外国企業の売上高(オーストラリア子会社分を除く)が8,000万豪ドルに達している場合は、連結売上が1億豪ドルを超過することになり、報告義務を負う可能性があります。 • 現地売上高が3,000万豪ドルのオーストラリア子会社であっても、その傘下に外国法人があり、当該外国法人の海外売上高が8,000万豪ドルに達する場合には、連結売上が1億豪ドルを超過することになり、報告義務が生じる可能性があります。 このような仕組みにより、アジア太平洋、欧州、北米の親会社の下で大規模なグローバル事業を展開するオーストラリア法人や支店の多くが、想定外に報告義務の対象となるケースが見受けられます。 必須記載事項 各報告書には、以下の7つの必須項目を記載する必要があります。 1. 報告対象法人の概要 2.

相続・遺言書
2025年12月19日
オーストラリア国内に資産を所有したまま人が亡くなると、多くの場合、遺産相続に関して一定の法的・実務的手続きを行う必要が生じます。 まず最初に確認すべき事項は、故人が遺言書(Will)を残しているかどうかです。遺言書が存在する場合、通常はその中で、遺産相続手続きを統括する責任者として「遺言執行者(Executor)」が任命されています。相続手続きは、原則としてこの遺言執行者が中心となって進めることになります。 一方、遺言書を残さずに死亡した場合、遺産は法律で定められた法定相続分および法定の優先順位に従って分配されます。この場合、遺族の中から、遺産相続実務を担当する責任者として「遺産管理人(Administrator)」が選任されます。 次に確認すべきは、相続および分配の対象となる遺産の内容です。遺産の種類や保有形態によっては、裁判所に対して遺言書の検認(Probate)の申立て、または遺産管理分配許可証(Letters of Administration、以下「LOA」)の発行申請を行う必要があります。 プロベートやLOAの申請は裁判所での正式な手続きとなるため、弁護士に手続きの代行を依頼するケースが一般的です。もっとも、遺産の内容によっては、プロベートやLOAを取得することなく相続手続きを進められる場合もあります。 プロベートまたはLOAを取得した後(あるいはそれらが不要な場合)には、各遺産の具体的な相続・分配作業に移行します。例えば、金融機関との連絡、銀行口座の解約や残高の送金、不動産の売却や名義変更など。相続手続きの責任者が十分な英語能力を有していれば、遺言執行者または遺産管理人が自ら金融機関や不動産業者とやり取りを行うことも可能です。 しかし、相続手続きの責任者が日本在住であったり、英語での実務対応に不安がある場合には、これらの遺産分配実務についても弁護士等の代理人に依頼することが現実的かつ有効な選択肢となります。 いずれにしても、どのような相続手続きが必要となるのかを早期に見極めるためにも、できるだけ早い段階で、オーストラリアの遺産相続実務に精通した弁護士に相談し、適切な助言を受けることが重要です。