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従業員による精神的不調を理由とした病欠

林由紀夫, 上田大介    28 Oct 2022

Q:日頃とてもまじめに忙しく仕事をしている従業員が、今日の昼頃無断で帰宅してしまいました。この従業員は「ストレスでこれ以上働けないので帰宅する。後で医師の診断書を提出する」と同僚に言い残して帰ったそうです。自己の判断でストレス休暇を取って帰宅するのは合法なのでしょうか。

A:ストレス休暇(Stress Leave)という言葉はたまに聞きますが、これは法律上、Sick LeavePersonal Leave(以下「Sick Leave」)の一種と考えられますので、原則的な対応は他のSick Leaveと同様です。精神的不調は、その問題が第三者には分かりにくいため、判断が難しい側面があるものの、本人が「精神的ストレスで仕事が出来ないので今日は早退します」と主張する場合には、雇用主としてそれを拒否する事は出来ません。なぜなら、本人が本当に精神的不調を患っているか否かは医師にしか判断出来ない事だからです。Workplace Health and Safety Lawという法律により、雇用主は、職場において怪我などの物理的なInjuryだけでなく、精神的Injuryも未然に防ぐよう努める義務を負っています。従い、精神的不調を訴えている従業員の早退を妨げるようなことは、Workplace Health and Safety Law違反となるリスクを負う事になります。

雇用主は、医師の診断書等の「Unfit for Work」の証明書の提出を後日求めることはできます。無論、医師が「Unfit for Work」と判断しなかった場合には、これはSick Leaveとは認められなくなりますが、「仕事のストレスで最近ずっと不眠が続き、心身ともに疲れている」等の理由を掲げれば、おそらくGPは証明書を出すだろうと思います。もし、精神的不調が、仕事からくるストレスを原因としている場合には、その従業員は労災を申請する可能性もあります。

精神的不調は一見してわかりにくいため、後日その従業員が職場復帰したとしても、雇用主として「本当に仕事を再開できるのか、また、その精神的不調の原因は何であったか」等を確認する必要があります。場合によっては、専門家(例えばサイコロジスト等)の診察を受けてもらい、仕事を継続するのは問題ないという証明書の提出を求める事も出来ます。従業員が精神的不調でSick Leaveを取るという事は、会社にとっても従業員にとっても、非常に深刻な問題であり、慎重な対応が必要であるという事です。その原因が労働環境にあるような場合には、雇用主としてそれらを妥当な限り改善する義務を負います。そうする事により、従業員にもその深刻さを理解させ、「精神的不調」を理由とする安易なSick Leave取得を抑制する事にもつながります。

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オーストラリアにおける労働法 — カジュアル従業員の権利

Q:5年ほど前に“カジュアル従業員”として雇われ、月~金、9~17時の出勤で、法律上の最低賃金に25%のカジュアル手当を加えた給料が支払われています。この間、友達から「それって実質的に はパーマネント(フルタイム)従業員なんだから、有給休暇とかの権利があるんじゃない?」という指摘を受けました。私には実質的なフルタイム従業員として、そのような権利があるのでしょうか?     A:正確なアドバイスをするためには事実関係を詳しく分析する必要がありますが、原則的に、カジュアル従業員としての雇用契約書を提示され、合意し、基本時給に25%増しのカジュアル手当が支払われているのであれば、フルタイム従業員と同じ勤務時間で働いていたとしても、それはカジュアル雇用だと考えられます。 しかし、だからといってフルタイム従業員の持つ権利をカジュアル従業員は全く持たないというわけではありません。例えば、カジュアル従業員はAnnual LeaveやPersonal Leaveの取得権利こそ有しないものの、Long Service Leaveの取得権利は発生する可能性があります。 また、そのカジュアル雇用が「定期的かつ体系的なものであり、継続的な雇用が妥当に期待できるもの(Regular and systematic basis with reasonable expectation of continuing employment)」である場合には、不当解雇の訴えを起こす権利や、Flexible Work Arrangementを求める権利も生じえます。 現実問題として、今回の相談者のように、カジュアルで長期間に渡りフルタイム従業員のような勤務時間で働いている場合、上記のような権利が生じるかは事実関係に委ねられ、明確にはなっていません。こうした問題を回避すべく、近年、法律の改正があり、多くのカジュアル雇用において( “Small Business” 等の例外もありますが)、定期的に継続するカジュアル雇用が開始してから12か月が経過した従業員に対して、雇用主は、フルタイムまたはパートタイム(パーマネント)雇用への変更をオファーする義務を負うことになりました。あくまでオファーなのであって、従業員として「私はカジュアル雇用を継続したい」というのであれば、断っても問題ありません。この法改正により、少なくとも1年目において、雇用ステータスを明確にし、後に「私は実質的にフルタイム従業員なのでは?」という問題が起きるリスクを軽減させています。   また、今回の相談者のような従業員は、最初の12か月目のパーマネント雇用オファーのタイミングの後であっても、雇用主に対してパーマネント雇用化を求める権利が生じる場合があります。雇用ステータスとその権利を明確にするためにも、まずは雇用主と相談することをお勧めします。


Key changes to Australian employment law

On 6 December 2022, the Fair Work Legislation Amendment (Secure Jobs Better Pay) Act 2022 received Royal Assent, amending the Fair Work Act 2009 (Cth). The key amendments to the Fair Work Act are as follows:   1. Casual Conversion – currently in effect   Casual conversion is allowing casual employees to become employed on a permanent basis.   It is available for an eligible casual employee, being one who:  Has been employed for at least 12 months;  Has worked regular pattern of hours during the last six months of employment; and  Is able to continue working the regular pattern of hours as a full time or part time employee without significant changes.   Employers must offer casual conversion within 21 days of an eligible employee’s 12 month work anniversary.  This is an ongoing obligation, and employers must consider an employee’s eligibility each year to make the offer.  If a casual employee requests casual conversion, employers must respond in writing by accepting or rejecting within 21 days. An employer must have reasonable grounds for rejecting a request, or not making a casual conversion offer.  Employers must also provide casual employees with the ‘Casual Employment Information Statement’ in addition to the Fair Work Information Statement, at the commencement of employment.  2. Pay Secrecy Terms – currently in effect  The Fair Work Act now gives employees the right to disclose their salary information.  It also prohibits employers from entering into a contract (or other written agreement) with an employee which includes a term which prohibits an employee from disclosing their salary or other terms and conditions reasonably necessary to determine an employee’s salary.  Any existing employment agreements which do include a pay secrecy term have no effect, and can no longer be enforced.  3. Prohibiting Workplace Sexual Harassment – effective 6 March 2023  The Fair Work Act will prohibit sexual harassment in connection with work. Employers will potentially be made liable for sexual harassment committed by an employee or agent in connection with work, unless they can prove they took all reasonable steps to prevent the sexual harassment.  4. Flexible Working Arrangements – effective 6 June 2023  The amendments allow pregnant employees and employees experiencing domestic violence to request flexible working arrangements.  In addition to existing obligations on employers to provide reasons for  refusing an employee’s request for flexible working arrangements, employers may only refuse a request for flexible work arrangements if they have:  (a) Discussed the request with the employee;(b) Genuinely tried to reach an agreement with the employee about making changes; (c) Had regard to the consequences of refusal for the employee; and (d) The refusal is on reasonable business grounds.  Employers must also set out the particular business ground that it relies on for refusing the request, and explain how those grounds apply to the request.  The Fair Work Commission will now be able to hear and make orders about disputes regarding flexible workplace arrangement requests.  5. Fixed Term arrangements – effective 6 December 2023  The term of a fixed term employment contract must not exceed 2 years (including extensions).  Fixed term contracts may not be extended more than once. Some fixed term contracts are excluded from this rule, e.g. those relating to casual employees, seasonal labour, specialised skill employment and high-income employees.  From 6 December 2023, employers will need to give ‘Fixed Term Contract Information Statement’ prepared by the Fair Work Ombudsman. This has not yet been made available.   Disclaimer: The contents of this publication are general in nature and do not constitute legal advice. The information may have been obtained from external sources and we do not guarantee the accuracy or currency of the information at the date of publication or in the future. Please obtain legal advice specific to your circumstances before taking any action on matters discussed in this publication.


オーストラリア人種差別禁止法 

Q:シドニー在住の日本人です。市内の有名なフランス料理店でウエイターとして3年ほど働いています。最近、マネージャーが代わってしまい、初日に「きみは普通に仕事は出来ているようだけど、君の英語は日本語訛りが強いから、レストランのイメージにそぐわない」という理由で、シフトを減らされました。これは私に対する人種差別ではないでしょうか?   A:連邦のRacial Discrimination ActやNSW州のAnti-Discrimination Act等の法律により、差別は禁止されています。 “差別(Discrimination)”とは、「ある者を、差別要素に基づき、そうした差別要素を持たない者よりも悪く扱うこと」と法律上定義されています。もちろん“人種”は、代表的な差別要素です。他の “差別要素”には、性別、家庭内での役割、Disability、年齢、宗教、労働組合に加入しているか否か等、様々なものがあります。 人種(=Race)というと、肌の色など、外見的な要素のことをまず想像しがちですが、もちろん外見だけでなくその人種固有の社会、文化、歴史、政治に基づく差別も、場合によっては “人種差別”と判断されます。今回の相談では、強い日本語訛りの英語を喋るということがシフトを減らされた理由となっていますが、「言語やアクセントも“人種差別”の要素に含まれる」という判例もあります。 ここで注意すべきは、職務遂行のために不可避な差別は、例外的に合法となるケースがあるということです。例えば、女性用のドレスのファッションモデルの仕事に男性モデルを採用しなかったとしても、これは性別に基づく差別にはあたりません。同様に、日本史の先生を起用するにあたって、オーストラリア人のAさんと日本人のBさんを比べた場合、Bさんの方が、知識と経験が豊富であると判断し起用した場合、それは、Aさんに対する人種差別ではありません。しかしもし、Bさんを起用する理由が、日本人であるという事であれば、それはAさんに対する人種差別になります。 今回の相談者の場合には、仕事は問題なく出来ていたとすれば、「日本語訛りが強いからレストランのイメージにそぐわない」というのは、人種差別に当たる可能性が高いと思います。 職場での差別問題は、その差別を直接的に行った者(今回は新任のマネージャー)だけでなく、雇用主であるレストランのオーナーにも責任が生じ得ます。雇用主はこういった差別の発生を防止するために必要と思われる全ての妥当な手段を講じる義務があり、また、実際にそうした差別が生じた際には、雇用主として迅速かつ誠意ある対応をする義務があります。従い相談者は雇用主にまず相談すると良いと思います。  


ワクチン接種に関する疾病休暇の適用 

Q:COVID-19のワクチン接種をする予定です。あいにく平日しか予約が取れず、勤務時間に影響が出てしまいます。また、接種後仕事ができなくなるほどの副反応が出た人もまわりにいて心配です。ワクチン接種をするにあたり、Sick Leaveの取得は可能なのでしょうか?   A: Sick Leave(疾病休暇)は正確にはPersonal Leaveという有給休暇の一部です。本人の疾病及び近親者の看病などのために法律により年10日間(フルタイム雇用の場合)の有給Personal Leaveが認められています。未消化のPersonal Leaveは翌年に繰り越されます。 自分自身の病気や怪我により、就労不能(Not fit for work)となった場合に、Personal Leaveの取得が認められます。法律上、雇用主は疾病休暇を取った従業員に対し、“Not fit for work”の証明として、医師の診断書等の提出を求めることが出来ます。 ちなみに、法律は病気や怪我の原因には言及していませんので、極論すると飲みすぎでひどい二日酔いになった場合でも、就労不能であれば、Personal Leaveは取得できます。(医師の診断書は必要になるかもしれません。) ワクチン接種のためにPersonal Leaveを取得できるか?との問いについては、ワクチン接種時点でその従業員は「Not fit for work」にあたらないので、原則的に「できない」と考えます。しかしながら、昨今、ワクチン接種は広く奨励されていますので、勤務時間内のワクチン接種による遅刻・外出についての寛大な措置につき、会社と相談すると良いと思います。もし会社がPersonal Leaveを認めなければ、代わりにAnnual Leave等を使うといった対応が必要になるかもしれません。もし、会社がワクチン接種を義務付ている場合は、勤務時間内のワクチン接種は業務の一環であると考えられ、Leaveの取得は必要ありません。 ワクチン接種後、もし「Not fit for work」となるほどにひどい副反応が出れば、問題なくPersonal Leaveを取得することが出来ます。言うまでもなく、副反応で会社を休まなければならなくなった場合、Personal LeaveもAnnual Leaveも残っていなければ、Leave without pay(無給休暇)になります。しかし会社によりワクチン接種が義務づけられている場合は、副反応により会社を2、3日休んだとしても、自身のPersonal Leaveを使う必要はないという考えが十分成り立つと思います。 また、会社がワクチン接種を義務付けているのではなく、単に奨励している場合は、接種日に出勤時間を遅らせる・ワクチン接種のための外出・早退等に関する扱い及び、接種後の副反応によるPersonal Leave取得に関し事前に会社と話し合っておくと良いと思います。


会社の備品紛失に関する従業員の責任

Q:会社経営をしています。仕事の必要上、従業員にラップトップコンピューターとスマートフォンを会社から貸与しているのですが、先日ある従業員が通勤途中にうっかりこれらの備品が入った鞄をバスの中に置き忘れ紛失してしまいました。この備品のコストを、損害賠償ということで、従業員の給料から天引きすることは可能でしょうか? 雇用契約書の中では、従業員が会社に損害を及ぼした場合、その分を給料から雇用主は天引きできると明確に書かれています。   A:一般的にオーストラリア雇用法上、雇用者による従業員の給料からの天引きは非常に制限されています。そのような天引きが許される大原則として、「その天引きが主に従業員の利益になる場合であって、且つ従業員が書面でそうした天引きに合意した場合、あるいは法律により天引きが許されている場合」に限られています。例えば、健康保険料や労働組合の会員費、従業員によるSuperannuationの追加積立などが挙げられます。「法律により天引きが許されている場合」の例の最たるものはIncome Taxの源泉徴収です。また、もし裁判所から「従業員の債権者に対しその給料から直接その債権者に支払いをしろ」という命令が出た場合にもそれに従う必要があります。 今回の場合のように、その従業員との雇用契約書の中にそういった天引きが出来ると書かれていても、その天引きが妥当(reasonable)でない場合、そのような雇用契約書の条項は無効となります。この点、「会社のクレジットカードを使って従業員が私物を買った場合の代金」、「会社の携帯電話を使って従業員が私用の電話をした際の電話料金」、「社用車をプライベートで使った際のガソリン代」など限られた事柄についての天引き条項は妥当であり、有効です。 しかしながら、従業員の過失(備品の紛失)の問題は懲戒処分の対象として扱われるべきです。会社の備品の紛失や損傷に関し、質問者の会社は保険に加入していましたか?むろん、保険金が下りれば会社は何ら損害は被っていません。従って、本件の場合、給料からの天引きは妥当とは考えにくく、そのような雇用契約書の条項は無効とされる可能性が非常に高いので、天引きは避けるべきです。まずその従業員に対しWarning letter等の書面による警告をしておくのが良いでしょう。また、当該従業員のボーナスの査定や毎年の昇給に関し「備品の紛失」を考慮に入れる事は全く問題ありません。


従業員の過労・労災

Q: 主人は現地の大手日系企業でシニアマネージャーをしています。この数か月間、週のうち4日間は夜10時頃まで残業させられ、精神的に相当参っているようです。食欲もなく夜もなかなか寝付かれずにいます。ここ数日、家にいる時にはとても無口でぼうっとしている事が多くなりました。今朝、「仕事を休んで医者に行ったらどう?」と勧めてみたところ、大声でヒステリックに「忙しいのにそんなことできるわけがないだろう!」と怒鳴られました。主人のことが心配です。こんな場合、誰に相談すれば良いでしょうか?   A: 私は医者ではありませんが、おそらくご主人は過労のため鬱状態にあるように思われます。大手企業の場合にはHR(Human Resources)の担当者がいるはずです。まずはその担当者に相談するのが良いのですが、とかくご主人のようなエリート社員の場合、特に日系企業においては、精神的な不調を公にするのがはばかれる風潮があるようですから、そう簡単にはいかないかもしれません。しかし取り返しのつかない事態になる恐れもあるので、迅速な対応は必要だとおもいます。まずはご本人に「今の自分は正常ではない」という自覚をもたせ医者の診断を仰ぐのが重要かもしれません。 また、ご主人の会社のCompany Policy(会社の方針)の中に必ずこのような状況の対応の仕方が書かれているはずですので、一読すると良いと思います。会社のHRはこのようなケースに慎重に対応するようトレーニングもされているはずです。 また、今のご主人の状態が過労によるものであると明確に診断されれば、法的にも色々な対応が可能となって来ます。雇用者は基本的に法律により職場の安全を確保する義務を負っています。例えば、過酷な残業をさせ続けた結果、従業員が鬱病を発症し労災の認定を受けるような事態になってしまうと、通常SafeWork NSWの調査が入り、告発され多額の罰金刑に処せられる場合があります。以前日本の大手広告代理店であったような、従業員が過労により自殺するような事態がNSWで起きた場合、責任者の禁固刑も十分考えられます。雇用者は、職場の安全を維持確保するために充分な対策を講じる義務を負っています。なお、会社は労働災害を被った従業員を差別したり、解雇することは法律によって禁じられています。 被雇用者も同じく職場において自分自身の健康と安全を維持する義務を負っていますので、問題が生じた場合、会社のCompany Policyに従ってHR等へのタイムリーな相談は欠かせません。