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最新判例から見る取締役の義務

ティンロク・シェ    03 Oct 2025

オーストラリアは企業統治において、世界的にも最も規制の厳しい国の一つとされています。これは一方で、透明性や説明責任、利害関係者保護への強い姿勢を示すものである反面、海外投資家や新規参入企業にとっては複雑な規制環境を理解する上で大きな課題ともなります。

海外投資家がオーストラリアに進出し、現地法人を設立または買収する際、第一歩として新たな取締役を任命することが一般的です。しかし、この役割は形式的なものだけではなく、取締役には Corporations Act 2001 (Cth)(オーストラリア会社法)に基づく広範な義務が課せられます。これには、会社の利益のため誠実に行動する義務(fiduciary duty)、最善利益義務・善管注意義務、地位や情報の不正利用の禁止などが含まれます。

2025年に下された Sunnya Pty Ltd v He (以下「Sunnya事件」)などの判例は、これら義務がいかに幅広いかを明示しました。以下、同判決を踏まえながら取締役義務の主要点について解説します。


取締役の信託義務の存続性

信託義務(fiduciary duty)とは、英米法において、他者の利益を優先し誠実・忠実に行動すべき法的義務を指します。典型的には受託者、代理人、会社取締役などが負い、自身の利益よりも依頼者や会社の利益を守ることが求められます。

Sunnya事件では、取締役の信託義務(Fiduciary duty)が退任後も存続するのかが問われました。

当事件ではSunnya社の元取締役が同社の商標を、他の取締役に知らせずに自ら関与する別会社へ移転しようとし、その後退任してからもSunnya社と類似の商標を登録し、使用して事業を継続しました。これは、退任後であっても信託義務の違反となると判断され、元取締役に対して損害賠償が命じられました。

この判決により、「退任によって義務を免れることはできない」という原則が改めて強調されました。


注意義務・善管注意義務(s180

取締役は会社法180条により合理的な注意・配慮をもって職務を遂行する義務があります。これは「同様の立場にある合理的な人物はどうするか」を基準として判断されます。

2024年の ASIC v Holista Colltech Ltd事件では、会社が虚偽の販売実績を報告した結果、株価操作につながり、会社に180万ドルの罰金が科されました。さらに、当該社長個人にも罰金15万ドルと4年間の取締役資格停止が命じられ、ASICの訴訟費用20万ドルの支払いも命じられました。

この事例は、取締役が適切な注意を怠った場合、会社のみならず個人も直接責任を負う可能性があることを示しています。


非財務リスク及び新たな義務

会社法180条に違反した最近の有名な判例には会社の非財務リスクの見落としを問う事案もありました。この傾向は今後も続くものと思われ、会社に取っての主要課題ESG (環境、社会、統治)、すなわち温室効果ガス排出量の開示、トランジション・マネジメント、サイバーセキュリティ・マネジメント、現代奴隷法に関する報告などの義務がますます増加するでしょう。

取締役は必然的に進化しつつある注意義務・善管注意義務を認識し、今後激化する非財務リスク分野の管理を強化する必要があります。


誠意及び正当な目的(s181

取締役は会社法181条により誠意を持ち、正当な目的で会社の利益を求めるため職務を遂行する義務があります。「Sunnya事件」では取締役の行動が原因で、Sunnya社が輸入税支払いを免れるため、不正な請求書を発行してしまいました。裁判所はこの行動が181条違反だと判決を下しています。

裁判所はさらに結果的に不当な目的はなかったとしても、または不当な行為が会社の利益になるという意図があったとしても、違反は起きていただろうと決定づけています。なぜなら、違法な行いは決して会社の最善の選択ではないからです。これは取締役が純粋に会社の利益を信じて取った行動でも違反になるという例です。取締役の信念はまず合理的であるべきです。


地位の不正利用(s182

取締役は会社法182条により自分のため、もしくは他人のため、自分の地位を不正に利用し、利益を得たり、会社に損害を与えることを禁じています。「Sunnya事件」ではMr He Ms Luが取締役に在任中、アンダーバリュー価格を採用したと判決を下しています。Sunnya社はNeurio という商品をGNT が第三者に転売することを考慮して、低い輸出価格で販売していました。

裁判所は上記のようなアンダーバリュー価格取引及び不正な商業送り状は182条違反に等しいと判断しました。特にアンダーバリュー価格取引はSunnya社を直ちに経済的不利な立場に立たせ、その利益を前取締役の家族の会社に転換した経緯から、明らかに182条違反だと決定されました。

取締役は違法行為もしくは私欲のために地位の不正利用をする場合は、再考する必要があります。


 情報の誤使用(s183

取締役もしくは他の役員がその立場で入手した情報を不正に使うことは183条で禁じられています。取締役は取締役を退いた後も、その立場を利用して入手した機密または繊細な情報を使用し、会社に損失を与えてはいけません。

最近の例では、西オーストラリア州控訴裁判所で2023年に下ったChaffey Services Pty Ltd v Doble (No 4) 183条違反に関する最高裁判所の判決が維持されました。当事件でMr DobleChafco Pty Ltd に鉱山現場の保守監督として雇われていました。雇用期間中、Mr Doble は自分の地位を利用して得た極秘情報を使用し、彼が保持する会社、Kirahnley Pty Ltd への 早期資金調達を確実なものにしました。その後、鉱山現場の持ち主から鉱山の再生契約を獲得しました。裁判所は情報の不正利用により得た利益の返還を命じました。その際、極秘情報は本質的に損害賠償を受ける価値のあるものだと強調しました。

この事件は監督者に関することでしたが、法律で定められた条項は取締役にも同様に適用されます。


取締役の個人的負債

上記に示した通り、180条から183条までの義務を怠った取締役はその違反に対して個人的な負債を負います。補償命令及びもしくは制裁金の形が取られたり、取締役資格停止が命じられます。

より深刻な事件では181条から183条の違反が184条によって刑事事件に引き上げられます。取締役に最高刑、すなわち懲役15年が課されることもあり得ます。

取締役は一般的義務以外に、他の特定の責務にも留意しなければなりません。588条の破産取引を避ける義務、また会社が遅延なく納税することを確認する義務などがその例です。

取締役はオーストラリア国税局が発行する取締役罰金通知(DPN)にも注意を払う必要があります。会社が支払うべき税金の未納、例えば源泉徴収(PAYG)立替納税分、退職年金追徴金(SGC)、物品サービス税(GST)納税分などがあります。DPN を受け取ったら、取締役は通常21日以内に負担分の納税をする、破産管財人の任命をする、会社を解散する準備を始めるなどのしかるべき行動を取らなければいけません。さもなければ、最終的には個人で負債を負うことになります。


重要点

取締役はオーストラリア企業の統治と成功に中心的な役割を担う存在です。その責任は法的また実務的な責任で、情報に基づいた積極的な取り組みが求められます。会社を率いる特権と共に多くの責任が求められ、以下のような重要点に気を付けるべきです。

責務を理解すること:取締役は英米法における義務及び条例における義務、そしてその義務が意味することに精通していなければなりません。

常に情報を得ること:取締役は法律や規制の変化に敏感でいなければいけません。特にESG (環境、社会、統治)、気候変動リスク、サイバーセキュリティなどが挙げられます。

注意義務・善管注意義務の遵守:取締役は関連情報を検証し、疑問点を明らかにし、時に挑戦的な経営を実行し、情報に基づいた決断をする必要があります。常にリスク管理フレームワークを見直し、更新することは不可欠です。それが会社を潜在的危機から守ることにつながります。

健全な統治の維持:効果的な統治には明確な方針、利害の衝突への対処法、守秘義務の維持が求められます。また取締役会の決定は企業定款や方針に基づき、透明性を持って決定されなければいけません。 

行動や決定を記録に残すこと:取締役会の内容、決定、その決定に至る根拠などに関する記録は広範囲に保管することが極めて重要です。記録の保管は取締役がその義務を遂行していることの証拠になり、後にもし会社の決定が精査されたとしても取締役を保護することになります。

必要時には専門的指導を受けること:複雑な法律、会計、運営危機などの問題に直面した際、取締役は迷わず、独立した組織からの専門的知識を求めるべきです。これが会社の決定を情報が確かで正当な決定へと導きます。

上記の手順を踏むことによって、取締役は法的義務を遵守しているだけでなく、それが会社の効果的な経営と長期にわたる持続可能性へとつながるのです。

 

 

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オーストラリアで起業する

Q:友人と一緒に、カフェを始めようと思っています。気の合う友達同士なので、形式ばった契約書などは必要無いかと思ったのですが、別の知人からは「取り決めを、覚え書き程度にでも、書面で残しておいたほうがいいのでは?」と言われました。どういった書類が必要になるのでしょうか?   A:取り決めを書面化することは絶対に必要だと考えます。気の合う友達同士であればなおさらです。例えば、後にビジネスの経営方針につき重大な意見の相違が生じたり、利益の分配に関し合意が得られない場合等、その解決の拠り所となるルール(合意書)が存在しないと、問題の解決がいちじるしく困難になってしまいます。 さて、まずは「友人と一緒にカフェを始める」ということについて、明確にする必要があります。二人で、新規に会社を設立して、会社を通じてのカフェ経営となるのか?あるいは、二人がそれぞれ個人・連帯責任を負う“パートナーシップ”での経営となるのか?あるいは一人が経営者となり、もう一人は従業員という形にしても、「一緒にカフェをやる」ということは可能です。 もしも会社を設立するということであれば、二人はそれぞれ幾ら出資するのか?また、その出資は、“資本金”という形で出すのか、あるいは会社への“貸付”という形で出すのか?「お金を出す」にしても、これを資本金とするか会社への貸付とするかで、権利・リスクは大きく変わってきます。 資本金として出資するのであれば、その出資額に応じて株式が発行されます。通常、会社の総株式数の過半数を超える株主は、(役員の選任を通じ)会社の運営方針の最終決定権を握ることになります。 また、お互いの給料の額及び、カフェで利益が出た場合に、それをどう分配するのか?ということについても決めておくべきです。ただ「出資比率に応じて利益は分配する」という簡単な話ではなく、例えば未来に向けての設備投資のために、利益のうち幾らかは二人で分配せずにビジネス内部に留めておく必要もあるかと思います。なお、お互いの利益分配、幾らをビジネスの運営のためにキープするのか?という点については、往々にして争いの原因となります。 上記とは逆に、もしもカフェの運営が上手くいかず、例えば追加で資金注入が必要となった際の、お互いの責任・義務についても、出資形態や運営形態を決める上で考慮しなくてはいけない点です。 複数で事業を行う個々の形態にはそれぞれの長所・短所があります。あなたたちにとって一番適した形態を選ぶためには弁護士や、会計士にアドバイスも求め、二人でよく相談するところから始めてはいかがでしょうか。